前項では、バラモン教が初期の仏典の中に紛れ込んでいたということをご紹介しました。が、バラモン教よりもさらに多くの影響を初期仏典に与えたと思われる宗教があります。それはジャイナ教です。ジャイナ教というのは、日本人にはあまりなじみのない宗教ですが、ブッダとほぼ同時に起こったインドの宗教です。ジャイナ教は、ざっくり言うと、当時のバラモン教であまり守られなくなった戒律や苦行を厳格に守るという趣旨を持っています。
先ほども述べましたようにバラモン教は、「厳しい苦行をし、超人的な能力を身につけて解脱を得る」という思想を持った宗教です。
が、バラモン教は、その長い歴史の中で身分が固定され、バラモンと呼ばれる祭祀たちは、その特権的な地位だけを享受し、厳しい修行などはしないものが多くなっていたのです。
それに対して批判的な考えを持つ人々も多く、「純粋なバラモン教の修行をしよう」という人々もたくさん現れました。

しかし、こういう話も、仏教で時々聞きますよね?オウム真理教なども、まさにこういうことを言っていましたし。そして、このジャイナ教には、当然のことながら厳しい戒律があります。ジャイナ教のもっとも古い聖典の一つである「ウッタラッジャーヤー」の第八章に述べられているものから、主なものを抜粋してみますね。

・生き物を絶対に殺したり傷つけないこと (アヒンサー)
・虚偽のことばを口にしないこと・他人のものを取らないこと
・性的行為をいっさい行なわないこと
・何も所有しないこと(無所有)
・愛執と愛欲を捨てよ
・生命を維持するだけの食事を得よ
・人里離れた場所に住め

ジャイナ教の信者は、この戒律は絶対に守らなくてはならないとされています。
特にアセンサーと呼ばれる「生き物を殺したり傷つけたりしないこと」の項目については、厳密に守ることを要求されています。なので、ジャイナ教徒たちは、歩いているときに生き物を殺さないように、常に足元を気を付けたり、空気中の虫を誤って吸い込んだりしないように、顔を布で覆ったりするのです。在家の信者たちは、農業などの仕事につくことはできません。仕事中に虫を踏んだりして殺してしまうかもしれないからです。
またジャイナ教徒は、何も所有してはならないため、原則として裸で生活しなくてはなりません。服さえも「所有」してはならないのです。ただ、これではあまりに社会生活から逸脱しているとジャイナ教の中には、質素な服は認めるという派もあります。
開祖であるヴァルダマーナは、最終的に断食で亡くなったとも言われています。ジャイナ教では、欲望をすべて捨て去るのが最終目標とされており、餓死することは最高に神聖なこととされていたのです。
とにかく、厳しい戒律、厳しい修行を是としている宗教なのです。バラモン教を極端に「苦行化」したものが、ジャイナ教といえるでしょう。
ちなみに、このジャイナ教は、今でもインドの一部の人々に信者がいます。

このジャイナ教こそが、人々の描く「仙人像」に近かもしれません。 このジャイナ教の戒律も、仏教に似ていると思いませんか?
少しでも仏教に知識のある人であれば、「正しい信仰(正信)、正しい知識(正知)、正しい行ない(正業)をすれば解脱して、すべての苦しみから解放される」という考え方は、仏教の一部の教えとそっくりだと思われるはずです。
また「欲をなくせ」とか「生き物を殺してはならない」とか「何も所有してはならない」などというのも、仏教でよく聞く話ですよね?
しかし、これらは、もともとジャイナ教の思想であり、ブッダの教えではなかったと思われます。というのも、ブッダは、肉食を禁じてなかったし、そもそも苦行をやめて悟りを開いたわけです。欲をすべてなくすというような、最高にシンドイ苦行を課すというのは、明らかに矛盾があります。
なのに、なぜ仏教にそういう思想があるのかというと、仏典の中に、ジャイナ教の考え方が、紛れ込んでしまったからだと思われます。